一人の人に継続的にかかわる看護がしたい

一人の人に継続的にかかわる看護がしたいので、これから助産師を目指そうと考えています。

看護師 東野智子

患者さまとの対応が楽しい

私が看護師になるのを決めたのは中学生の頃です。そんなに明確な理由があったわけではないのですが「将来は看護師になりたい」と思いました。

看護学校に入学してからは、「看護論」などを学ぶと、理屈っぽいことが多くて「看護師って思てったのとは違うな・・・」と感じて嫌気がさしたこともありました。しかし実習に行って患者さまに接すると「看護って楽しい」と思うようになったのです。

実習の時は1人の患者さまを受け持つため、1対1の看護ができて、その人に合った援助を考えることが楽しみでした。しかし実際に看護師になると、少なくても6-7人の患者さまを受け持つうえ、毎日同じ人を受け持つわけではないこと、直接かかわる時間が短いことに対する不満を感じることもありました。

ある患者さまとの出会い

以前私は大学病院に勤めていました。検査室に勤務していたことがあるのですが、外来に来られるたびにお話をする患者さまとその家族の方がいました。病状が不安定になり、その人は入院され、その後まもなく亡くなられたのです。

私はその人が入院している病棟に勤務している訳ではなかったのですが、病棟のスタッフの配慮でお見送りをさせてもらいました。そしてその後、奥さんが私宛てにお手紙をくださいました。亡くなった後にも私を訪ねてくださったこと、そしてお手紙まで準備してくださったことがとてもうれしくて、涙が出そうになったのを覚えています。今もその手紙は家に飾ってあり、しんどくなったらその手紙を見ると、元気をもらえるような気がします。

転勤のわけ

これまでを振り返ると、看護師は1人の患者さまと長期的にかかわりをもつことで看護の喜びを感じるように思います。しかし、看護師として働いていると、なかなか長期的に継続して1人の患者さまとつながりを持つことは難しいような気がします。そんな私は、自分が子どもを産んでから助産師になりたいと思うようになりました。妊娠・出産・分娩・産後と、継続して一人の人にかかわれる仕事に魅力を感じたのです。そこで、進学することを考え転職を検討しました。そんなとき、産科があって分娩件数が多く、奨学金制度もあるこの病院を見つけて、ここに転職して助産師を目指そうと考えました。

また、当院には託児所があるので、子どもを育てながらも働きやすい病院であることも、ここを決めた理由です。今はまだ進学はしていませんが、近い将来進学をして、1人の妊婦さんに継続的にかかわって「お産が楽しかった」と思えるような、「また次の子を産みたい」と思えるような助産ができる助産師になりたいと思います。

続きを読む
患者さまの目を見て対応

患者さまの目を見て対応し、その人の状態を適切に判断して優先順位を考えながら接することを心がけています。

副主任 看護師 澤田二三

私の学生時代

私が看護師になろうと思ったのは、それほど崇高な動機ではないんです・・・。将来にむけて手に職をつけたほうが良いと考え、親の勧めもあって看護師という職業を選びました。
それほど看護に興味があったわけではないのですが、学校に入って勉強をするうちに、「看護師になりたい」という気持ちが芽生えてきました。学生時代、実習で患者さまと接するなかで、こちらが一生懸命接すると相手に気持ちが伝わるということを知りました。そして、患者さまから「ありがとう」という言葉をもらうたびに、それをバネにして頑張ることができたんです。

実習で心に残っているのは、2年生のときにグループで用具の工夫に取り組んだ時の事です。その患者さまは強皮症で、肺線維症にも移行しており、呼吸状態が良くなかったように記憶します。作ったものは、ADLを維持するものだったのでしょうか・・・あまり正確には覚えていないのですが、その患者さまが私たちに向かって「使いやすいよ、ありがとう」と心から言ってくださいました。私はその時「人に喜ばれるって嬉しいものだな」と初めて感じ、「看護師になりたい!」と強く思ったのを覚えています。

看護師になって

私は結婚後、ここでパート勤務をしてきました。結婚・妊娠・出産というライフイベントと、仕事を両立させるために、私はパート勤務という形を選んだのです。そして出産を終えて正職員になり、今年で5年目を迎えます。
現在私は外来で勤務していますが、1日にたくさんの患者さまに対応しなければいけないので大変です。看護師として私が気をつけているのは、いくら仕事が忙しくても患者さまの声を聴くように努めること、そして笑顔で対応するということです。でもたまには気持ちがいっぱい・いっぱいになって、事務的な対応になってしまい、後で反省することも度々あるんです。

先日、夜間救急外来に来られた患者さまが、何か月か経って外来に来られました。私はその患者さまを覚えていなかったのですが、相手の方から「あの時はお世話になりました。本当に助かりました」と声をかけてくださったのです。たった1回会っただけなのに、私を覚えていてくれたことにとても感激しました。そして、相手に不快を与えない対応をしなければならないことを再確認した出来事でした。

これからの私

外来看護は、患者さまとかかわる時間が短く、その場で完了してしまうのが特徴です。あとでフォローする事ができないので、その時に一番の対応をしなければいけないと考えています。患者さまの眼を見て対応し、その人の状態を適切に判断して優先順位を考えながら接することに心がけていきたいと思います。また、これまでは上の人に判断を仰いで行動すれば良かったのですが、最近は自分で判断して行動することが求められるようになってきました。私の弱点として判断力が弱いところがあるのですが、その課題を克服するためには、もっと自分に自信をつけなければいけないのだと思います。雑誌などで新しい情報を集めながら、他の人の動きを見て学び、ステップアップ出来るように頑張ります!。

続きを読む
OL、専業主婦を経て助産師になりました

OL、専業主婦を経て助産師になりました

助産師 吉原栄美子

自分の出産を機に助産師を目指す

私は短大を卒業後OLになり、その後専業主婦をしていました。自分が妊娠し、助産師さんにお世話になるうちに、助産師の仕事に興味を持って、自分もやってみたいという気持ちが芽生えました。1人目を出産して数年後、2人目を妊娠したのですが、再び助産師さんの仕事に触れるなかで「やってみたい」という気持ちが「助産師になろう」という決意に変わったのです。そして、出産直後から受験勉強を始め、上の子が3歳、下の子が1歳のときに看護学校に入学しました。
主婦と子育てに追われる日々を過ごしていたので、学生生活はとても新鮮で楽しい毎日でした。学校では勉強や実習は大変でしたが、家族の協力もあり、また「自分が人の役に立てて、感謝してもらえる仕事に就ける」という喜びから苦痛だと思ったことは一度もなかったのです。看護学校を卒業し、そのまま助産師学校へ、そして卒業して、やっと1年が過ぎました。

周りのサポートに感謝

お産は、決して良い場面ばかりではありません。不幸な結果になることもあるし、異常をきたして緊急搬送になる場合もありますが、どんな時でも力を尽くして精一杯の援助が出来るよう努力したいと思っています。今はまだ、未熟な私なのですが、周りのスタッフにサポートを受けながら、安全で印象に残るお産をしていただけるよう心がけながら頑張っています。当院の助産師や看護師は、みなさんとても温和であり、協力し合える関係が築けていることには感謝するばかりです。また、スタッフ全員が相手の立場で考えて、良い看護を目指しているので、新人の私も落ち着いて対応することができます。そんな良い環境に恵まれたことをとても感謝しています。

助産師としてのよろこび

助産師として働いていてうれしいことは、お産が終わってから「陣痛で辛い時に助けられました」などと声をかけていただくことです。また、帰られるときに、「一緒に写真を撮らせてください」なんて言われると、感激します。 日のことですが、私が夜勤をしていた時に、同時に2人の妊婦さんが入院してこられました。2人とも経産婦であり、スムーズにお産が進んで、1時間ほどすると、また2人同時に産まれそうになりました。結果的に7分差で2人の赤ちゃんが産まれたのですが、産婦さん同士にも一体感が生まれ、バタバタとして看護が手薄になったのですが、それでも満足していただけるお産になって良かったと思いました。これも、看護師さんがたがサポートしてくださり、私も落ち着いて助産に取り組めたおかげだと感謝しています。
我が家に帰ると、2人の子どもが待っているのですが、子ども達も「今日は赤ちゃん産まれたん?」と目をキラキラさせて聴いてきます。子ども達も私の仕事に興味津々みたいです。子ども達の成長もまた私の楽しみの1つなのですが、私はまだ助産師としては新人であり、子ども達の成長に合わせて、私も一緒に成長していきたいと思います。

続きを読む
子育てと仕事を両立させながら頑張っています

子育てと仕事を両立させながら頑張っています

看護師 橋本奈美

子育てとの両立がしたかったから

私は以前、公立病院に勤めていましたが、結婚後、子育てをしながら通うには地理的に無理があったため産前にその病院を退職しました。
産後、再就職をしたいと考え色々な病院を調べたのですが、子育て中の看護師が大半を占め、支援体制が整っている当院に出会って再就職を決めました。結局、今も自宅から近いということはないのですが、子どもと一緒に通勤し、病院の保育園に子どもを預けて働いています。

これまでの病院とのギャップ

これまで働いていた病院は、比較的新しい病院であり、ハード面が整った病院でした。初めて当院に来た時は少し古びた印象を受けたのですが、中に入るととてもアットホームで、子育てに対する理解があって、ソフト面は整った病院だと実感しています。
仕事をしていると「もう少しこうしたほうがいいのでは?」と思うこともたまにあるのですが、独身時代なら仕事で自分の時間を充分使えたのに、今は子育てに使う時間も大切にしたいという思いもあって、つい言い出すことを躊躇してしまうんです。でもそれが自分へのジレンマにもなっており、もっとうまく時間を使えるように工夫して、色々なことが提案できるようにしていきたいと思っています。

学生時代に育んだ友情

私は、看護師に憧れをもっていたわけではなく、単に理系のほうが得意だったので、高校時代は理系のコースを選択しており、そのながれで医療関係の仕事を目指そうかと考えました。色々な職種があるなかで、ただなんとなく「看護師が良いかな・・・」という軽い気持ちで、看護学校に進学しました。
そんな気持ちで進学したせいか、学生時代はとにかく大変で、勉強や実習、特に実習記録に悩まされ、勉強や実習に対して楽しい思い出はあまりないんです。でも、友達と励まし合って学生時代を乗り越えたおかげで、友達とは強い絆が生まれ、今もかけがえのない友情で結ばれているような気がします。今も困ったときには何でも相談できる仲間がいるということが、私の看護学生時代の財産になりました。
看護師になってからも、はじめ目の前の仕事をこなすことで精いっぱいで、楽しいと思う心のゆとりはなかったのですが、3~4年が過ぎたころでしょうか、自分に余裕が出てきた頃から患者さまと関わることが楽しいと感じるようになりました。私が伝えた言葉で患者さまから帰ってくる反応を実感すると、患者さまにとって看護師の存在の大きさを感じるようになり、看護の面白さが見えてきたような気がします。

今はまた余裕のない毎日

看護師として余裕を持って患者さまと対応できるようになり、看護に対する面白さも実感できていた私ですが、子育てと仕事の両立という環境の変化から、また自分に余裕がなくなり、精いっぱいの状態に逆戻りです。
今は、仕事中は患者さまへの対応で精いっぱい、仕事を終えると自分の事よりも子どもの事に時間がつぶれて精いっぱいの日々です。
でも、こんな日がいつまでも続くわけではなく、今は自分の置かれている状況に合わせて出来る範囲で仕事に打ち込み、将来は子育てを経験したことを活かした看護が提供できるようになりたいと思っています。

続きを読む
子どもに支えられながら、介護職から看護職へ

子どもに支えられながら、介護職から看護職へ

准看護師 大霜佳永子

介護職から看護職へ

もともと私は人と接することが苦手なタイプでした。結婚し、子どもを2人産んだのですが、下の子どもが2歳になり、子育てにも少し余裕が出て来たので何か仕事を始めたいと思っていた矢先、介護職の人から仕事の話を聴く機会に恵まれました。話を聴いていると、その仕事がとても魅力的だと感じるようになり、私も介護の仕事をしたいと考え介護施設に就職したのです。

介護施設では、毎日泣いたり笑ったりの連続で、いつの間にか人とか接することが大好きな私に変わっていました。入所者の方が「ありがとう」と言ってくださる一言が嬉しかったり、私との何げない会話をいつまでも覚えてくださっていることに感激したりして、とても楽しい毎日でした。しかし時が過ぎるうち、医療的な知識や技術を持っていない自分に限界を感じるようになってきました。高齢者の方をお世話するには、体調管理や医療的なアドバイスは欠かすことができません。その力が自分にない事に歯がゆさを感じたのです。「もっと勉強したい」そんな思いから准看護師の学校への進学を決めました。

私を支えてくれた家族の存在

介護施設を退職し、准看護師の学校に進学したのは、下の子どもが小学校入学の年でした。小学校の入学と同時に、母である私も再び制服を着て看護学校に入学です。「大丈夫かな」という大きな不安があったのですが、子どもや夫、両親がそんな私をいつも支えてくれました。学生時代はとにかく感謝の毎日で、母であり妻であり、そのうえ学生。みんなが支えてくれるから実現できる今の生活に感謝するとともに「だから頑張ろう」と思って勉強も頑張りました(笑)。
私の看護学校卒業は、上の子どもが小学校卒業の年でした。子どもの卒業とともに、私も卒業を迎えたのですが、私の卒業式には、子どもも参列してくれたんです。子どもにとっては母親が壇上で卒業証書をもらう姿を見るって複雑だったでしょうね(笑)。卒業式の後、家に帰ると子どもたちが《良く頑張ったで賞》という表彰状をつくって出迎えてくれたのです。本当に嬉しくて涙が出ました。そして無事准看護師資格を取得して、当院に就職しました。

今は必死の毎日

新たな仕事に、今は必死の毎日です。子どもも新しい環境になり、私も新しい環境に。無理をして全てが崩れてしまうことのないように、落ち着いて前に進みたいと思っています。今は療養病棟に勤務していますが、仕事を覚えるのに精いっぱいで、余裕を持って患者さまと関わることができていません。それがまた歯がゆいのですが、まずは与えられたことをこなせるように努力して、早く余裕を持って患者さまと話ができるようになりたいと思っています。
患者さまはいろんな想いを持っていて、それを伝える相手を探していると思うんです。そんな患者さまの想いを汲み取って温かく受け入れ、患者さまに話すことを諦めさせない雰囲気を持った准看護師をめざしたいと思います。そして余裕ができたら、看護師への挑戦も考えたいと思います。

続きを読む
子育てをしながら看護師に!

子育てをしながら看護師に!

夢を叶えた今、仕事が楽しい毎日です

看護師 上野恵美

夢をあきらめきれなくて

私はOLから主婦を経て看護学校に進学し、看護師になりました。子育てをしながら新人看護師としての就職であり、家庭と仕事が両立できる病院を・・・と考え、当院を選択肢の1つに選んだのです。そして見学に来たところ、当院は子育て中の看護師が多く、とてもアットホームなイメージの病院だったので「ここなら両立できそう!」と思ったのが、この病院に就職を決めた理由です。
私はもともと看護師になるのが夢でした。しかし両親の反対があり、夢をあきらめ一般企業に就職したのです。そして結婚して主婦になり、妊娠して出産・・・。出産時には不安いっぱいの私に、看護師さんが安心感を与えてくれました。「看護師さんのひとことって偉大だな~」そう思い、看護師になりたいと思っていた過去の自分がよみがえりました。子育てをしながら主婦として暮らすうち「やっぱり看護師になりたい」という想いが強くなっていき、子育てが少し落ち着いたとき「看護師になろう」と決意したんです。

子育てをしながらの学生生活でしたが、見ること学ぶことが新鮮で、毎日が本当に楽しく過ぎていきました。臨地実習では、厳しさの中に愛情のある指導が心地よく、患者さまと話すことが楽しくて「早く看護師になりたい」そう思って実習を終えました。

心に残る患者さまとの出会い

そして看護師になり当院に就職したのですが、就職後も先輩方が丁寧に指導してくださり、少しずつ成長させてもらいました。楽天的な性格のためか、一度も仕事が嫌だと思ったことがないんですよ。

今、私は褥瘡委員をしています。以前、60~70歳のとても頑固な男性が入院されました。
その方は体位交換や保清を拒否して応じてくれません。そのため背部に褥瘡ができていたんです。何を言ってもなかなか受け入れてくださらない患者さまでしたが、看護師だけではなく、栄養士・薬剤師・ケースワーカー・理学療法士・作業療法士がチームを組んで褥瘡治癒に向けての対策を立て、粘り強く対応して体位交換や清拭を繰り返すうち、褥瘡が治癒していったんです。
すると拒否的で頑固だった患者さまから「ありがとう」という言葉が聞かれ、人格的にも穏やかになっていかれました。このときはとても嬉しくて、チーム一丸となって患者さまを支援することへの大きなやりがいを感じました。

初めての実習指導

最近はじめて実習指導をさせてもらったのですが、優秀な学生さんが多くて、私が話すことで反応が返ってくる事がとても嬉しいと知りました。
また、初めての指導なので、どのように対応すればいいだろう?と悩むことの連続だったのですが、病棟の先輩にアドバイスをもらいながら試行錯誤で指導していました。

学生さんが「自らのケアで患者さまに感謝された」と喜んでいる学生さんの姿を見ると、今度は私が嬉しくなって笑顔がこぼれ、患者さま+学生さん+私と、3者が喜ぶ実習指導を経験。その経験から、もっと指導方法などの勉強をしたいと思うようになったんです。

これからの目標は 

今は褥瘡委員として、褥瘡の看護に興味をもっています。もっともっと勉強して、エキスパートになりたいな(笑)。また、実習指導も余裕を持ってできるように、指導者としての知識も増やしていきたいと思っています。

それ以外には、病棟スタッフが、今以上に結束力を強化するにはどうすればいいかを考えたいとも思います。
スタッフはいい人ばかりで人間関係は良好なのですが、ケアの方法が統一していないために、結束力に欠ける場面もある気がしています。そこを解決するには、やはり「恵生会病院の看護」を1つにしていくことが大切なんだろうなって思います。そんな当院の看護をみんなで1つにしていくことに協力できたらうれしいです。

最後に個人的な事ですが、子育てをしながら看護師を続けるには家族の協力は必要不可欠ですが、みんな協力的で感謝するばかりです。初めは子どもがいて夜勤をするって大丈夫かな?と思いましたが、全く問題なく、子どもたちも「夜勤いってらっしゃ~い」って感じで、私がいないほうが喜んでいるような?!(笑)。
子どもたちは私が楽しく仕事に出かける後ろ姿を見て育ち、大きく成長してくれると信じています。

続きを読む
やっと、自分の目指す看護をみつけました

やっと、自分の目指す看護をみつけました

看護師 上田理恵

患者さまからのひとことが嬉しい 

私が看護師をめざしたのは母に「看護師に向いている」と薦められたのがきっかけでした。私は4人兄弟の長女で、下の子の面倒をよく見ていたんです。だから人のお世話ができる看護師という仕事に向いているかも?!って自分でも感じ、看護師になろうと決めました。実際に看護師になってから、患者さまと話すことが楽しくて、「上田さん」と名前を覚えてくださったりしていたら感激します。
仕事をしていてうれしいのは、「ようきてくれたなぁ」とか「顔見たかったで」なんていってもらうとき。「私にできることは何でもしますよ」って気持ちになります(笑)。

終末期看護に目覚めた私

これまでいろんな病棟で看護をしてきたのですが、今の病棟が私にはとても居心地がいいんです。
当病棟は終末期の患者さまがたくさん入院されています。長い人生を歩んでこられた最終ステージという、その人の人生で最も重要な最期の時をともに過ごせることに安らぎを感じるんです。
「残りわずかな人生に何かして差し上げたい」「残りの時間に、何か喜んでもらえることがしたい」という気持ちで日々患者さまと関わっています。
特に私は患者さまを下の名前で呼ぶようにしているんです。下の名前って意外に呼ばれることが少ないでしょう?だから最期の時に、人生をともに歩んできた下の名前で接するといいかな・・・って思っています。
また、触れるということも大切にしています。
意識がなくても、元気な人と同じように対応し、「○○さん、今日はいい天気だよ」なんて話しながら肩をさすったり、手を握ったりして笑顔で話すと、心が通じているような気がして、こちらが癒されます。そんな穏やかな時を共有し、その人にとって貴重な最期の時を援助できる終末期看護にたずさわり「私はここが一番合っている!」って目覚めました。

最期はやはり悲しいけれど

看護師になってから、初めは急性期でテキパキ働く看護師に憧れ「かっこいい看護師になりたい」なんて思っていたのですが、急性期は私にはどうもシックリきませんでした(笑)。当院の産科病棟でも勤務して、お産の感動も経験したのですが、やはり私は人生最期の時に援助が出来ることに感動を覚えます。だって、看護師にしかできない援助だと思うから。
血圧や心拍数も低下して、意識もなくなっていっても「○○さん・・・」って話しかけると少し心拍があがって答えてくれたりするんです。私も自然に涙がこぼれ・・・そんな時を過ぎて心拍が停止すると、いつも悲しくて涙があふれます。

私たちにとっては人の死は、日常の出来事ですが、その人にとってはまさに一生に一度、家族にとっても重大な出来事です。だから、悔いのないように、出来るだけ最期の時を穏やかに過ごせる援助を考えていきたいと思っています。これから終末期の看護について勉強し、患者さまの残りの時間に喜んでいただける「何か」を常に追い求め、提供していこうと思います。

続きを読む
私のなかの変化

私のなかの変化

副主任 臨床指導者 大林由佳

私のなかの変化

看護師として経験を重ねるうちに、どんどん看護学生や新人看護師との距離が出来てきて「教えるのってめんどくさい」なんて思う自分がいました。「なんで出来ないの?」と思ったり「間違ってるやん」と、自分の価値観で相手を見てしまい、腹を立てたり愚痴ばかり言ってしまう私だったのです。

そんな私でしたが、「臨床指導者養成講習会」という研修を3ヶ月受講しました。現場を離れて3ヶ月、学生指導に関することを勉強したり、グループワークをしたりしてさまざまなことを深く考えるうちに、自分の考えが少しずつ変化していきました。また、3ヶ月間の研修期間に、立ち止まって今の自分、これまでの自分、そして学生の頃の自分・・・いろんなことを思い起こして考え、見えてきたことがたくさんあったのです。
これまでの私は、指導とは、相手に対して一方的に「言えば良い」と考えていたのです。だけど、よく考えると、頭ごなしに言われただけでは理解なんて出来ませんよね・・・。それに、私が学生のころは決して出来の良い学生じゃなかったくせに、今の自分は学生に高い要求をしていることに気がついたのです。そして「みんな不安なんだ」と思い、だからその不安に応えてあげることが必要だし、まずはその人の想いを聴くことから始めないといけないと考えるようになりました。この3ヶ月の研修は、私にとって貴重な経験だったと感謝しています。

看護学生さんに伝えたいこと

学生に限らず、新人も同じですが、自分に自信を持ってほしいと思います。経験が少なくても、患者さまからすれば「看護師」なんです。自信のない態度で援助されると患者さまに不安を与えてしまいます。だから、おどおどとした態度で患者さまの前に立ってはいけないということを伝えて行きたいと思います。自信を持った態度を生むためには知識や技術が必要になります。だから勉強が必要なんです。「これだけ勉強してきた」という気持ちが自信ある態度につながってゆく、だから学生さんにはしっかり勉強して実習に臨んでほしいと言いたいのです。

私の学生時代、そして指導者としての私

私は学生時代、失敗ばかりしてきました。しょっちゅう先生に呼び出されて叱られている学生でした(笑)。そんな学生でしたが、実習に行って色々な看護師さんと出会い「こんな看護師さんになりたい」と思う先輩を見つけました。その人は患者さまの話をしっかりと聴いて、的確に判断して行動されている姿が印象的だったのです。患者さまにも頼りにされていて「信頼されるって大事なことだな」と思いました。

今、看護をしていて嬉しいのは「あんたが来てくれてよかった」という患者さまの言葉です。「ありがとう」と言われるときも嬉しいのですが、それよりも「あんたが」という言葉に、その患者さまとの信頼関係が築けた喜びを感じます。

今、指導者として学生や新人看護師に、患者さまとの信頼関係が築けた喜びを感じてもらえるように支援したいと思っています。なぜなら、患者さまに頼りにされているという実感がその人に自信を与え、学びへの意欲、そして良い看護につながっていくと思うからです。

続きを読む
大好きな病院で、いつか私も看護部長に!(笑)

大好きな病院で、いつか私も看護部長に!(笑)

看護師長 大西里絵

知人の紹介で当院を知る

私は看護学校卒業後、ある病院に勤めていたのですが、転居のために転職が必要になり、知人から当院を紹介されました。 初めて来院したときは「古びた病院だな・・・」と思いました(笑)。 それまで勤めていた病院よりも規模が小さかったのも私を不安にさせたのです。 しかし中に入ってお話をするとその不安は希望に変わり「ここならやっていけそう」と思いました。 現在の大倉看護部長は、当時はまだ部長ではなかったのですが、お話をした覚えがあり、話した内容は覚えていないのですが「きれいな人だな~前向きな人だな~」という印象を受けたのは今でも心に残っています。 そして、ここでお世話になる事になりました。

産婦人科病棟の看護は衝撃的だった

それまで私はターミナル期を扱う病棟に勤務していたのですが、当院に転職して産婦人科病棟に配属となりました。 初日病棟に足を踏み入れると、これまで私が働いていた場所とは違う空気が流れていました。「おめでとう」という言葉、そしてあちらこちらに笑顔が飛び交い、私には衝撃的だったという事が忘れられません。 その病棟で働き始めたころ「人は毎日死なないんだ・・・」と無意識に感じたのです。
その後、当院の中でも異動を経験し、内科や外科でも働き、そして師長になりました。

嬉しいときや辛いことも

看護をしていて嬉しい事はたくさんありましたが、特に喜びを感じるのは、私自身は何気なく、いつも通りにしていたとき、不意に「ありがとう!」と言われた事です。 当たり前の事をしていても、自然の流れのなかで人に感謝される事が嬉しいのだと思います。  それとは反対に、辛い事もありますよ。認知症の患者さまなど、ナースコールを押しっぱなしで、訪室すると強い言葉を吐かれたり・・・。疾患がそうさせているわけで、その人が悪いのではないと理性では解っていても、感情がうまくコントロール出来ずに辛くなったりもします。
また、こちらが良かれと思って行う患者さまへの声かけも、「迷惑だ!」と言わんばかりに冷たく返されたときは、一瞬挫けそうになるんです。
そん風にいろんなことがありますが、これまで私は出来るだけ相手の目線に合わせながら、相手と心を通わせて看護していきたいと思ってきました。

チームワークが大切だと思う

今、私は仕事をしていて当院の人間関係に恵まれていることに感謝しています。 実は最近、4人目の出産をしたのですが、子どもを持ちながらも楽しく働けるのは、スタッフが協力して支え合える環境だからです。今は当院の保育園に赤ちゃんを預け、勤務中も授乳に行かせてもらっています。そんな温かみのあるこの病院が私は大好きなんです。
看護師はチームで働いているので、何かひとつ抜けているところがあれば、それを誰かがそっとフォローできる、そんなチーム作りが必要だと思います。「最近の若者は協調性がない」と言う人がいますが、新人でも、新しいメンバーでも、輪の中にうまく入れてあげると協調性が生まれてくるはずです。 だから、誰もを温かく受け入れられる、そんなチーム、そして病院であり続けられるように願いたいと思います。

続きを読む
患者さまの気持ちに立った看護を人一倍考えたいと思っています

患者さまの気持ちに立った看護を人一倍考えたいと思っています。

看護師 幸田佳余

看護助手から看護師へ

私が看護師を目指したのは、父を亡くした時です。父はICUに入っていたのですが、その時の看護師さんは、みんなとても良くしてくださり「看護師ってすごいなー」と思って憧れをもちました。しかし、自分には難しいのではないかという不安もあり、看護助手として就職をしたのです。助手として働くうちに、資格が無いことで仕事も制限されてしまうことに悩むことが多くなりました。そんなとき母からの「看護師になるため頑張ってみれば?」という一言に背中を押されて看護学校受験に挑戦しました。看護学校では、勉強が難しくて苦痛でしたが、実習で「あんたがいてくれて良かった」という患者さまの言葉に涙が出るほどうれしい思いもしました。

看護師になって

今思うのは、学生時代は教科書で学んでいたけれど、社会人になると教科書の学びだけでは通用しないということです。また、知識を実践に活かしていくことが難しくて戸惑います。責任も大きくのしかかってくるので不安がいっぱいになるのですが、責任を果たすために、今、自分がしなければならないのは勉強だと思っています。知識をつけて、自信を持って援助をしないといけないことを痛感しているんです。

また、勉強だけではなく、先輩から「ぬすむ」ことも必要だと思います。周りにはいろいろな先輩がいて、それぞれに良いところがあると感じています。だから、その先輩の良いところを見習っていきたいと思います。

続きを読む