子どもに支えられながら、介護職から看護職へ

子どもに支えられながら、介護職から看護職へ

准看護師 大霜佳永子

介護職から看護職へ

もともと私は人と接することが苦手なタイプでした。結婚し、子どもを2人産んだのですが、下の子どもが2歳になり、子育てにも少し余裕が出て来たので何か仕事を始めたいと思っていた矢先、介護職の人から仕事の話を聴く機会に恵まれました。話を聴いていると、その仕事がとても魅力的だと感じるようになり、私も介護の仕事をしたいと考え介護施設に就職したのです。

介護施設では、毎日泣いたり笑ったりの連続で、いつの間にか人とか接することが大好きな私に変わっていました。入所者の方が「ありがとう」と言ってくださる一言が嬉しかったり、私との何げない会話をいつまでも覚えてくださっていることに感激したりして、とても楽しい毎日でした。しかし時が過ぎるうち、医療的な知識や技術を持っていない自分に限界を感じるようになってきました。高齢者の方をお世話するには、体調管理や医療的なアドバイスは欠かすことができません。その力が自分にない事に歯がゆさを感じたのです。「もっと勉強したい」そんな思いから准看護師の学校への進学を決めました。

私を支えてくれた家族の存在

介護施設を退職し、准看護師の学校に進学したのは、下の子どもが小学校入学の年でした。小学校の入学と同時に、母である私も再び制服を着て看護学校に入学です。「大丈夫かな」という大きな不安があったのですが、子どもや夫、両親がそんな私をいつも支えてくれました。学生時代はとにかく感謝の毎日で、母であり妻であり、そのうえ学生。みんなが支えてくれるから実現できる今の生活に感謝するとともに「だから頑張ろう」と思って勉強も頑張りました(笑)。
私の看護学校卒業は、上の子どもが小学校卒業の年でした。子どもの卒業とともに、私も卒業を迎えたのですが、私の卒業式には、子どもも参列してくれたんです。子どもにとっては母親が壇上で卒業証書をもらう姿を見るって複雑だったでしょうね(笑)。卒業式の後、家に帰ると子どもたちが《良く頑張ったで賞》という表彰状をつくって出迎えてくれたのです。本当に嬉しくて涙が出ました。そして無事准看護師資格を取得して、当院に就職しました。

今は必死の毎日

新たな仕事に、今は必死の毎日です。子どもも新しい環境になり、私も新しい環境に。無理をして全てが崩れてしまうことのないように、落ち着いて前に進みたいと思っています。今は療養病棟に勤務していますが、仕事を覚えるのに精いっぱいで、余裕を持って患者さまと関わることができていません。それがまた歯がゆいのですが、まずは与えられたことをこなせるように努力して、早く余裕を持って患者さまと話ができるようになりたいと思っています。
患者さまはいろんな想いを持っていて、それを伝える相手を探していると思うんです。そんな患者さまの想いを汲み取って温かく受け入れ、患者さまに話すことを諦めさせない雰囲気を持った准看護師をめざしたいと思います。そして余裕ができたら、看護師への挑戦も考えたいと思います。

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